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お彼岸が近くなってきましたね。でも、みなさんはお彼岸がどのような由来でできたのかご存知ですか?
ある秋、お釈迦様が比丘たちを連れて、ヴァッシィーの国をあちこちと遊行せられて、ウッカチェラーというという土地で、ガンガーの岸に達した時のことでした。
「比丘たちよ、昔マガダの国に一人の愚かな牛飼いがあった。雨期の最後の月を過ぎて、彼は牛の群れを連れてこのガンガーの岸を渡ろうとした。しかるに彼はこの岸をよく観察せず、また彼の岸をよく観察せず、適当な渡場でない所を牛を駆って流れに入ったため牛の群れは河流の中程に至って立ち往生し、密集して溺死するという災厄に遭ってしまったという。それは何故であったかというと、よく観察しなかったからにほかならない。」
そのような例え話をしてお釈迦様は比丘たちをかえりみて言った。 「それと同じく、比丘たちよ。いかなる沙門であれ婆羅門であれ、もし彼らがこの世界をよく知らず、また彼の世界をもよく知らずに観察の至らぬものがあったならば、彼らに従って聴いて信じようとするものは永き不幸を見なければならない。」
お釈迦様の説法はさらに懇切に続けられる。 「比丘たちよ、昔マガダの国に一人の知恵ある牛飼いがあった。彼もまた雨期の最後の月を過ぎて、牛の群れを率いてガンガーの彼の岸に渡ろうとした。すなわち彼はこの岸をよく観察してしかるべき渡場によって牛たちを対岸へ渡そうとした。すなわち彼はまず、牛たちの中で最も強いものを選んでそれらを流れに入れ、よく流れを横切って安全に岸に至らしめた。次に彼は、牛の群れの中で比較的に強いもの、良く馴らされたものを流れに入れて、またよく川の流れを越えて無事に彼の岸に至らしめた。そして最後にまだ力の弱い子牛たちや、乳離れしたばかりの牛たちを流れに入れたのであるが、彼らもまたすでに彼の岸に渡った親牛たちの吼える声に励まされて無事に川の流れを横切って彼の岸に辿り着くことができたという。それは何故であったかというと、彼がよく観察しよく導くことができたからにほかならない。」
そして、次のように説き加えた。
「比丘たちよ。それと同じくいかなる沙門であれ、婆羅門であれ、彼らがもしこの世界をよく知りつくしまた彼の世界をもよく知りつくし、観察充分にして導くことをうるならば、彼らについて聴いて信じようとする人は、永き幸福を見うるだろう。比丘たちよ、牛の群れの中で、最初にガンガーの流れを渡った力強い牛たちの如く比丘たちの中にもすでに煩悩を絶ち修行を満たし所作すでに弁じ終わった者もある。彼らはすでに魔の流れを横切って、安穏の彼岸にある。また比丘たちよ、彼の牛の群れの中でよく馴らされ、比較的強い牛たちがついでに流れを越えることを得たように比丘たちの中でも、すでに三結を絶ち三悪も薄く、正覚決定せる者もある。彼らもまた、やがて魔の流れを横切って無事に彼岸に至るであろう。さらにまた比丘たちよ、乳離れしたばかりの牛や、まだ力弱い子牛たちも、すでに彼の岸にある母牛たちの呼び吼える声に惹かれ励まされて、ついに流れを渡り得たように、比丘たちのなかにあっても、いまだ煩悩強く修行の力弱き者もあれど、彼らもまたよく法に遵い信に依らばやがて魔の流れを越えて彼岸にいたることができよう。比丘たちよ、私はよくこの世界を観察した。またよく彼の世界を観察した。全ての世界を知り尽くし、私は正覚者・一切知者となったのだ。されば比丘たちよ、この私について聴いて信じようとする者は、永く利益と幸福を見ることができよう。」
毎年秋が来て空が晴れる時期と、春が来て空が曇りだす時期、ガンガーでは此の岸から彼の岸へ牛の群れを渡す牛飼いの姿が見られる。
その岸に立ち、その流れを指差しながら煩悩の溢れる此岸から、解脱安穏の彼岸に渡る道のあり方をお釈迦様は比丘たちに説かれたのです。
この説法が彼岸の起源となり、牛飼いが牛の群れを率いて川を渡る春と秋を彼岸として、先に彼岸へ渡った者を供養して、自分達が彼岸へ渡ることができるように徳を積むのと同時に、彼岸へ渡る時に先に渡った母牛のように叫び吼え励ましてくれるようにお願いをする意味があるのです。 |